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私の幸せへのストーリー

今、私は、子供の頃から大好きだった事を仕事にし、結婚もして、幸せな日々を送っています。
そして、数年前には会社も設立しました。
充実した日々、仲間や友人にも恵まれ、また物質的にもなんら不自由はありません。
念願だった年に1度の海外旅行、2度以上の国内旅行の夢も連続で達成しています。
そして次の目標、人生のステップアップに向けて夢を現実にするための実践を日々、行っています。

しかし私は初めからこのような人生を送っていたわけではありません。
過去の私は、悲惨そのもの。
職なし、お金なし、彼氏なしの人生を送っていたのです。

私がなぜ、ただ占いの結果を伝えるだけでなく、具体的なアドバイスや、
様々な成功法則や心理セラピーの手法、時に魔術の方法までお伝えするのか?
それは私の今までの経験が故なのです。

幼少の頃の苦い経験

子供の頃の私は、幼くしてかなりの変わった子供だったそうです。
おしゃべりが止まらず、保育園の廊下で一人立たされることはしょっちゅうでした。
幼稚園の先生や大人からは好かれるけれど、同年代の子とはあまりなじめず、孤立していました。
その頃、父親が会社を辞め、自営業をする為に両親ともが働きに出ていました。
小学校に入る前からかぎっ子で、一人っ子だった私は、親が帰ってくるまでは一人で留守番の日々でした。
小学校に入ってからも私の変な子ぶりは変わりませんでした。
やはりおしゃべりで廊下に立たされることも、続いていたそうです。
私が占いというものに触れたのは、確か小学校に入って間もなくの頃だったと思います。
ちょうど、ニューエイジのあおりを受けて、超常現象、UFO、オカルトや星占いの雑誌が流行っていたころでした。それらの一般常識から外れたことは、もともと変わっていた子供だったせいか、すんなりと受け入れました。

学生時代の苦い経験

中学時代は1年生、3年生はいじめとの戦いの日々でした。
1年の頃は、発端は私が悪かったことなのですが、1~2学期ころまでクラスで完全孤立。
クラス全員から完全無視されていました。
担任の先生と両親の力もあって、3学期からは正常に戻りました。
3年の時は学区が変わったことで、新しい中学に転校になりました。
私の学区からは少数しか転校せず、大多数の生徒と制服が違うことなどから、
少数派の学区から来たというだけでいじめに遭いました。

高校に入ると、さすがにいじめはありませんでしたが、友達とうまくいかないなどで孤立したことがありました。
また、恋愛は自分を表現出来ず、悲しい結果に・・・
思えばその頃、家の事業が傾き始め、父親と母親は経営や経済状態のことで、しょっちゅうもめている状態でした。
母親から、「お父さんさえしっかりしていれば」というようなことを毎日のように聞かされていました。
父親は、女の子にとって、男性の原型。男性の原型に対する不満を日々聞いていた私は、当然男性不信に陥っていきました。
さらに受験のストレスと、少しばかり標準体重よりも上回っていた自分の容姿が気に入らず、卒業半年前あたりから、摂食障害に陥りました

そんな追い詰められた状況の中で、私はなんとしても恋愛を成就させたい!そして将来を安定したものにしたい!という願いから魔術を学ぶことにはまっていったのでした。

バブル崩壊、目の前でシャッターが下りた時代

摂食障害、家庭状況が不安定、大学受験にも失敗し、お先真っ暗な状態が続きました。
バイト先で知り合った人と恋愛をしても、これもまったく上手くいきませんでした。
そして魔術をしても、一向に結果が出ず。

そんな状態の中で、本屋を巡り、占いの本を買いあさり、毎日毎日、占いの本を読んでは、自分の将来を占いました。
その結果は、どれも「大器晩成型。必ず成功する」というものでした。

幼いころからなぜか「私は人とは違う。違うんだから、人とは違う何かが得られるはずだ」と思っていた私は、その占いの結果を強く信じました。
たとえ、現実は全く違う状況であっても・・・

自分を変えよう運動

時代はバブル崩壊後、氷河期まっただ中。それでも周りの同世代が就職やバイトなどで生計を立てている中、
親に甘えてばかりではいかんと、アルバイトを始めました。

アルバイトは自分が苦手なもので、これから身に付けたいスキルのものを選びました。
「働いてお給料をもらいながら学べるとは、なんと効率のいい方法だろう!」
そう思って、いくつかバイトを変えていきました。
始めは、事務の仕事、次に電話のオペレーターのバイト、
ちょうどWindowsが出始めてしばらくたった頃は、昔から好きだったパソコン関係の仕事につきました。
その後はずっとITの技術関係の仕事をしました。

サポートセンターのスーパーバイザー、次にIT教育担当、次はWEBサイトを作る仕事をしていました。
そのような経歴の中でも自分のキャリアがアップするように頑張っていました。
自分を変えよう運動は仕事ではそれなりの成果が出ましたが、恋愛ではさっぱりでした。

自分を活かせるのは・・・占いだ!

20代後半、バイトや派遣でそれなりに食べていけていたのですが、お給料が足りず、副業で占い師をしていました。
その頃は占い師で食べていくなど思っていなかったのですが、占うと相手の方から「当たったわよ!」とか「元気づけてくれてありがとう」など、感謝される機会が増えてきました
人から喜ばれると頑張るタイプの私。
バイトの休憩室で占星術の本を開いては、勉強に明け暮れていました。
バイトの仲間を捕まえては、リーディングをさせてもらい、実践を積み上げていきました。
ちょうどその頃、占星術家の松村潔さんの占星術の講座が開催されており、それまで独学で学んでいた占星術の講座に参加しました。
同じ占星術を学ぶ仲間との出会いは、占いの可能性と自分の未来の可能性のどちらもを広げてくれるものでした。
松村潔さんの元で学び、共著の本を書かせていただく機会にも恵まれました。
私の未来の可能性は、ひょっとしたら占いなのかなあ・・・とぼんやり考えはじめました。

さて、仕事や人生の道はこのように展開されていきましたが、恋愛の方はさっぱり良くなりません。
ITの技術の世界ですので、男性との接点は各段に増え、男性不信、恐怖症も自然消滅しました。
が、とにかくお付き合いに発展しないのです。
自分が良いと思う人とは上手くいかず、自分が友達関係で満足している人からアプローチをもらうという、
なんともバランスの取れない状態が長く続いていました。

魔術を実践しても上手くいかず・・・
魔術の師匠に就きながらもどうしてこう、恋愛が上手くいかないのか?と悩みましたが、とにかく実践あるのみと、呼吸法+瞑想+イメージング+マントラを唱えることを毎日約1時間、日課にしました

失業。何も達成していない自分を変える時

派遣をしていると、もうそろそろこのプロジェクトは終わりを向かる=派遣契約終了というのが分かるのですが、
何となく危ない雰囲気を感じていました。
どこかの企業の正社員の道はもうほとんどないだろう、それに私はITの技術者になる為に生まれてきたんじゃない!と強く思っていた私は、何か自分を表現することをしないとダメになってしまうと感じていました。
「私という人間を最も活かせるのは占いかもしれない」そう思ってブログを発信し始めました。
誰もやっていないことをやろう!と思い、毎日の運勢をホロスコープで読む「日めくりホロスコープ」を始めたのでした。

次第にブログの読者が増えていき、鑑定はしていないのか?と問い合わせをいただくようになりました。
問い合わせが多くなってきたので、カフェなどで対面セッションをするようになりました。
占い師の道は進んでいたのですが、まだまだ食べていけるほどではありません。

そんな時に、派遣契約終了。年齢も新たな派遣となると厳しくなってきた時でした。

興味がない仕事なんか絶対にしたくない!と思っていた私は、どうせならさらにITの技術を磨こうと
キャリアアップの道を選びましたが、就職先はなかなか見つからず・・・
無職状態が続き・・・・

やばい!食えない!生きていけない!
ついでに頼りになるパートナーもいない!!!

30代半ば、未婚、彼氏なし、無職、貯金なし・・・

思えば、私は他の人が達成している結婚、出産、仕事、どれもまともに達成していないじゃないか!
そして占いだってまだまだだ・・・これでは食っていけない・・・
何もかも絶望的で、唯一の道すら中途半端。

まさに崖っぷち、人生最悪の時。

私はもう一度、自分を占いました。私のホロスコープの出生図には、私の未来の地図が描かれているからです。
占いの結果から、小さい頃から信じてきた、「私は人と違う何かが出来る可能性がある」ということを思い出しました。
魔術の師匠から学んできたこと、日々の瞑想やイメージング、これらを見直し、もう一度実践し始めました。
そして成功法則や心理セラピーの本を読み漁り、今まで学んできたことと合わせて、自分なりのイメージング方法を実践しました。

そして、 願いが叶い始める・・・

占いのセッションを続けつつ、独自の方法で、瞑想やイメージング+成功法則+心理セラピーを実践し、
数か月後、私は仕事に就くことができました。
ITの資格を取り、キャリアアップも出来ました。

しばらくして・・・
自分の生活や目標が整ってくると、まだ達成していない恋愛のことが次のターゲットになってきます。
そして、 私にピッタリだ!と思う人との出会いがありました。
出会ったその時から「あれ?何か変だ、この人とは・・・一緒にいることになるかもしれない」と感じていました。
そこで気を抜かず、その後も、恋愛のイメージングを続けていました。

そして恋愛も・・・かなり苦労はしましたが、知り合ってから2年半ほどで付き合い始めるようになったのです。

恋愛、結婚、好きなことを仕事に

彼との付き合いが進み、一緒に住み始めるようになりました。そうすると次は結婚です。
なかなか結婚に賛成してくれない彼でしたが・・・(笑)
この頃にはすっかり自分のイメージングで願いが叶うことに確信を得ていた私は、またもこの方法を使って、ついに彼との結婚を決めることが出来ました。

その後もイメージングを続け、会社勤めを辞め、念願だった好きな占いだけで仕事をし、生計を立てる道へと進むことが出来ました。

そして、独立

魔術の師匠の元にお世話になりつつ、占い師の仕事だけをするようになった私。
今までの経験を活かし、自分の講座を始めることが出来ました。それから2年・・・

・・・私はかつて、何にも達成していない自分に失望し、人生を悔やんできました。

しかし今は、自分が好きで続けていた道を活かし、そして仕事や恋愛の困難を自分なりのイメージング方法やセルフセラピーで乗り越え、幸せをつかみました。

私は今、とても幸せです。
そしてもっともっと幸せになる為に、日々、仕事や自分を高める為の学びに取り組んでいます。

私はこれらの経験から、ただ占いの結果を伝える占い師にはなれませんでした。私のお客様には、必ず幸せになっていただきたい、願いを叶えてほしい!そう思うのです。
願いを叶えるには、自分の運命を知るだけではなく、自分の心の状態を変えること、そして宇宙の律、自然や宇宙と共鳴することが運勢を開く秘訣です。

多くの人に、占いという手法で自分を知ること、そして運勢を切り開き、目標を達成するために瞑想やイメージングも重要であることを、講座や鑑定を通して伝えていきたいと思っています。

 

【略歴】

みけ まゆみ

占術師
EFT-Japan プラクティショナー
バイオントロジスト(バイオントロジーセラピスト)

12月15日、東京生まれ。
幼少の頃から占いに慣れ親しみ、タロット占術、数秘術、手相、観相学、オーラ視、霊視等を学び、習得する。学生時代より、魔術の世界に開眼。
その後、西洋占星術を独学で習得し、松村潔氏の元で学ぶ。
加えて、精神世界、宇宙や地球、人の運勢の流れ、など幅広い分野に惹かれ、興味のままに各分野についても見識を広げる。

1992年      : プロとして活動開始
1998~2003年頃 : 精神世界研究家・西洋占星術研究家の松村潔氏の下で学ぶ
2003年~     : 術師・紫乃女女史に従学
2005年~    :ブログを開始(「みけまゆみの日めくりホロスコープ」)
2006年~     : 占術師として本格的に活動開始
2011年~2013年: (株)ぱんどらぼっくす にて活動
2013年春~    : 独立
2013年9月   :株式会社maestro設立

※maestroは「巨匠」などと訳されますが、もともとの意味は「熟練した専門家、職人」という意味です。
ずっと専門家・職人であり続けたいという思いからこの会社名にしました。